創設者 浅野總一郎とは
浅野總一郎
創設者である浅野總一郎は、京浜工業地帯の基礎を築き、日本の興隆に邁進した「九転十起の男」と呼ばれる大実業家です。
しかし、始めから大実業家であったわけではありません。若い頃より失敗と苦労を重ね、身を粉にして働いてきました。
その總一郎の姿を見て共感し、渋沢栄一や安田善次郎ら
が事業の協力者として集まってくれました。
ある時、外国に港湾開発の視察に赴き、発展ぶりを目の当たりにした後、横浜港に戻ると旧態依然とした港の様子に衝撃を受け、港湾を近代化し、工場を一体化した日本初の臨界工業地帯を政府の支援を受けずに独力で建設することを計画し、実行しました。その他にも、浅野セメント(日本セメント→ 現太平洋セメント)、浅野造船所(日本鋼管→JFEエンジニアリング)、鶴見埋築会社(現東亜建設工業)、鶴見臨港鉄道(現JR鶴見線)、南武鉄道(現JR南武線)、札幌麦酒(現サッポロビール)、浅野綜合中学校(現浅野中学校・高等学校)など總一郎の功績は数え上げればきりがなく、平成の時代においても、必要とされる企業・学校の基礎を創り、身を賭して働くことで日本の躍進に寄与した人物です。
あきらめることなく「七転八起」ならぬ「九転十起」の精神で挑戦を続け、数多くの事業を成功させていきました。この「九転十起」の精神は、浅野工学専門学校にも、脈々と受け継がれています。
浅野總一郎の功績
● 日本で初めて『会社組織』をつくった近代実業家
● 日本で初めて原油を輸入し、日本で精製する
● 日本で初めて東京の道路舗装を提案
● 日本で初めて富山県庄川に東洋一のダム「小牧ダム」を築く
● 日本で初めて鶴見沖に大規模埋め立て地を造成
● 南武線、鶴見線、常磐線、五日市線などを創設
● 後継者育成のために浅野学園中学・高校を創設
● 横浜市の委託によりに本校の前身である混凝土工法講習所を開設
● サッポロビール創立株主
● 帝国ホテル創立株主  ほか