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創設者紹介・沿革

History

100年先をみつめた学び。

創設者紹介

創設者
浅野總一郎とは

創設者である浅野總一郎は、京浜工業地帯の基礎を築き日本の興隆に邁進した実業家。しかし、若い頃は失敗と苦労を重ね、身を粉にして勤労。その總一郎の姿勢に共感し、渋沢栄一や安田善次郎らが事業の協力者として集いました。

ある時、外国へ港湾開発の視察に赴き、その発展ぶりを目の当たりにした後、横浜港を近代化し日本初の臨海工業地帯を独力で建設。その他、浅野セメント(日本セメント→現太平洋セメント)、浅野造船所(日本鋼管→現JFEエンジニアリング)、鶴見埋築会社(現東亜建設工業)、鶴見臨港鉄道(現JR鶴見線)、南武鉄道(現JR南武線)、札幌麦酒(現サッポロビール)、浅野綜合中学校(現浅野中学校・高等学校)など現代に名を轟かせる企業・学校の基礎を作りました。

挑戦を続けた「九転十起」の精神は、浅野工学専門学校にも脈々と受け継がれています。

浅野總一郎の功績

・南武線、鶴見線、常磐線、五日市線などを創設
・後継者育成のために浅野学園中学・高校を創設
・横浜市の委託により本校の前身である混凝土(コンクリート)工法講習所を開設
・日本で初めて『会社組織』をつくった近代実業家
・日本で初めて原油を輸入し、日本で精製する 
・日本で初めて東京の道路舗装を提案
・日本で初めて富山県庄川に東洋一のダム「小牧ダム」を築く
・日本で初めて鶴見沖に大規模埋め立て地を造成
・サッポロビール創立株主
・帝国ホテル創立株主  ほか

沿革

  • 1925

    大正14年

    工法講習所開設

    浅野総合中学校内に横浜市の委託を受け混凝土(コンクリート)工法講習所開設。

  • 1929

    昭和4年

    専修学校を創立

    2年制の混凝土(コンクリート)専修学校を創立。

  • 1940

    昭和15年

    浅野高等工学校と改称

    学制を3年制に移行し、浅野高等工学校と改称。

  • 1947

    昭和22年

    浅野学園工学部と改称

    学制を4年制に移行し、浅野学園工学部と改称。

  • 1976

    昭和51年

    建築工学科設置(4年制)

    法改正(学校教育法・専修学校制度)により学校法人浅野工学園・浅野工学専門学校と改称、建築工学科設置(4年制)。

  • 1989

    平成元年

    女子建築デザイン科設置 (2年制)

    女子建築デザイン科設置 (2年制・4月開講)。

  • 1995

    平成7年

    専門士付与認定。

  • 1998

    平成10年

    建築デザイン科と改称

    女子建築デザイン科を建築デザイン科と改称。

  • 2004

    平成16年

    建築デザイン科デザイン、インテリアの2コースへと設置変更。 建築CAD科設置(2年制)。

  • 2005

    平成17年

    建築工学科に高度専門士(大学院入学資格)付与認定。

  • 2014

    平成26年

    建築工学科・建築デザイン科ともに文部科学大臣より「職業実践専門課程」認定。

  • 2019

    平成31

    創立90年を迎える。

  • 2023

    令和5年

    建築工学科・建築デザイン科 創立100年を目指して邁進中。